「何者にもなれない」「何者でもない」

 昨日はゴルフラウンドしてきました。プレー中はスポーツ用のマスク装着で、ランチ中も基本マスク装着しました。4人でランチすることになるんですが、正面にアクリル板が置いてあって「シェアしにくいね〜。でも安心だね〜」と、食べ物が来た時点でシェアして、わりとコロナ対策できたかなと思います。ただ、飲食時のみマスクを外す、は、現実的に難しいです。下が開くマスク開発してくれないかなと思いました。ゴルフは、成績は悪かったですが、天気も良く紅葉も綺麗で紅葉狩りでき、楽しかったです。

 さて。以前からネット等で「何者にもなれない」「何者でもない」という表現を見かけるようになりました。否定的な意味で使う方が多いようです。

 私は「何者になる必要があるの?」と思っています。言葉で表現できるほど、1人の人間は単純ではありません。もっと複雑で麗しく尊いものだと思います。色々な人間が社会を作っていて、多種多様な人間が居るからこそ、今の社会が形成されています。全く同じ人間ばかりでは、つまらない社会ができあがるだけです。それこそ、人間である必要ないです。人間であるからこそ「何者でもない」のかなと思います。「何者でもない」ことは、人間らしいと言うことで、誇るべきことなんではないかと思います。現在「何者である」と評されている人間も、そう評価する人間はその部分しか見ていないから「何者である」と評しているんだと思います。その他にもきっと素敵な部分がある可能性は高いですが、「何者である」と思ってしまっていると、その他の素敵な部分を見過ごしてしまう可能性が高いです。それはそれで、もったいないことです。

 私自身、何者でもないです。ロスジェネ世代、女性、冬季うつ体質、薬剤師、双極性障害当事者、身長体重、近視…等、私を言語で表現しようと思うと複数出てきますが、それだけでは表現できないと思います。会った時の印象とかもありますし。

 人間は複雑で美しいと、私は思います。「何者」になる必要なんてないと思います。「私は私」「自分は自分」で、良くないですか?

先日撮影。菊の季節です
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投稿者: ハナ

40代双極性障害当事者女性です。冬季うつ体質です。調剤薬局薬剤師として正社員で働いています。よろしくお願いします。

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