森会長の女性蔑視発言の波紋

 私は地方で生まれ育った40代なので、女性蔑視が普通の環境で生きてきました。まず、物心ついた時には、親からの「女の子なんだから」の連発。子供心に「それって女の子関係ある?」と思っていた記憶があります。兄が居たので余計にそう感じたんだと思います。

 家族で海に遊びに行った時に、父、兄、私の3人で行動することがあったんですが「女の子だから、そこで待ってなさい」と父に言われ、1人で待機。2人はテトラポットを移動して行って先を見に行っているのに、私はぽつん。「女の子だから」ではなく「まだ小さいから」と言って欲しかったです。

 「女の子だから手伝いなさい」ともよく言われました。「お手伝い上手だから」「気が利くから」とか言ってくれれば良いものの、兄はしなくていいのに私はしなくてはいけない意味が理解できませんでした。子供の頃は、親が絶対の存在なので、理解できないものの従ってましたけどね。ああいう物言いは、気をつけた方が良いと思います。

 それが我が家のベースにあったので、「なんで女の子だから、なの!」と、たまに反発していた記憶があります。今から振り返ると子供だったなと思うんですが、兄と私のお年玉の額が違うことについて怒った記憶があります。常々「女の子だから」と言われていたので、女だから額が低いと思ってしまったんです。兄は「年齢が違うんだから」と言ってましたが、子供の頃は負けん気が強くて一度怒ったらおさまらない感じだった(今も??)ので、かなり憤慨していた記憶があります。父が見かねて100円くれて機嫌を直して、家族みんなで失笑していました。確か千円単位で兄と額が違ったんです。それを100円増額で機嫌が直るってバカだなぁと思いますが、完全否定せず、私の意見を少し聞いてくれたことに満足したんだと思います。

 両親も、兄と私をどう育てるか、試行錯誤だったとは思います。全く同じように扱うわけにはいかないことは、私にもわかります。男の子だったら笑い話でも、女の子だったら笑い話にならない、その逆パターンもあります。

サザンカ♪

 一番男女差別を感じたのは高校入試です。女性は男性より多く点を取らないと入学できないとされていました。当時「出文テスト」(だったかな)という共通テストが2回ありました。中学3年生で2回受けたんですが、250点満点で、進学校だと男女差は20点くらいあると言われていました。私は学校のテストは得意なタイプだったので、当時特待生(講座費用タダ)で予備校の夏期講習に行っていたんですが、男女で必要な点数が違うという事実を知って事務室に「どういうことですか?」と聞きに行った記憶があります。「高校に入学すると女性は学力が伸びないと言われている」等の説明を受けた気がします。納得いきませんでしたが、中学生の私にはどうすることもできませんでした。

 その後、進学校の理数科に進学しました。さぞ男性が頼もしいんだろうと思っていましたが、そうでもなく、ガッカリした記憶があります。化学で生徒4,5人グループでグループ学習する際、率先して男性がリーダーをやってくれると思いきやそうでもない。優遇されて入学したくせにって思った記憶があります。口には出しませんでしたけど。今でも私世代より歳上の男性に対しては「優遇された人達」という目で見てしまいます。

桜♪

 大学に入学して一番男女を感じたのは、大学4年生で所属した研究室です。研究室の説明をされた時に「女の子はお茶淹れてね」みたいなことを言われたんです。あとで当時担当教官だった助手の女性教官に「お茶淹れるのに男女関係あります?」って言ったら、それがちょっとした騒動(?)になったらしいです。その女性教官とドクターコースの男子大学院生で、女性がお茶を淹れることに関して過去ケンカになったことがあったらしくて。その女性教官が、その男子大学院生に、私の発言を伝え、その男子大学院生に「そう思う?」みたいなことを聞かれました。私は平然と「え?そんな(お茶淹れるのに男女関係ない)の当然じゃないですか?」と答えたので、その大学院生は衝撃を受けてましたね。私からすると、何がそんなに衝撃なのかわからず、という感じだったんですが、研究室には結構な衝撃を与えたようです。同級生の男子学生も最初の頃は一緒にお茶淹れてくれてました。その後、何となく女性がやるようになっていってしまいましたが、当時の私はそれは男女の違いではなく得意不得意だからという感じで過ごしていました。私はお茶淹れるの、結構好きなんです。所属した研究室は有機化学の研究室で、お茶淹れるって「抽出」です。美味しいと感じる成分を抽出するには、どうすれば良いか、という感じで、私にとっては同じ化学だったんです。

 ちなみに、その男子大学院生は、普通に私を可愛がってくれました。その研究室では一番年長の学生だったので、面倒をみてあげないとという責任感みたいなものを感じました。女性は男性が守るべき存在というような感じで、それはそれで有り難かったです。

 その研究室で、私自身も男女については考え直した感じがあります。研究室対抗ソフトボール大会があったんですが、女性が入っていると1点もらえるというルールでした。私は中学生の時にソフトボール部だったので、喜ばれましたね。私も男性に交じって戦う(?)ことは好きだったので、参加させてもらってました。1点もらえるというルールについては、まぁそんなものかなとは思うようになっていました。全く同じではないですからね。研究が長引いて帰りが遅くなってしまう時は、必ず研究室の車を持っている先輩が駅まで送ってくれました。最初は戸惑いましたが、私も暗い中1人で帰るのは怖かったので、有り難く送ってもらっていました。あとで、それについてその中の1人の先輩に聞いたことがあったんですが「男女差別と違いは別でしょ。歩いて帰る女性を車を持っている人間が送るのは当然でしょ」と平然と答えてくれたので、その後も普通に送ってもらっていました。今から考えると、良い先輩達でした。だからか私も率先してお茶淹れてましたね。送ってもらってるお礼と言うか感謝と言うか。遅刻してきた先輩に「コーヒー飲みます?」って聞いて淹れていた記憶があります。

 女性蔑視はあるけれど、差別感情のない男性も居て、そういう人にも恵まれたので、私も腐らず(?)生きてこれました。森会長に食ってかかってインタビューしてくれていたのも、男性。あれは男性が言ってくれたことが大きいです。当事者だと言えない、という状況はあります。当事者が言うと、ちょっと曲がって意味をとられてしまうということって多いです。逆に、当事者ではないと言えない、ということもありますけど。

白梅♪

 社会人になってから一番男女差別を感じたのはMRの態度でしたね。今はそんなことはなくなりましたが、私が入社当時は、メーカーによっては明らかに男女差別感情がありました。「女性に用はないので」みたいな。当時私の若かったので、わからないように若干の嫌がらせはさせて頂きました。「あのメーカーの薬は買わない!」と、併売品がある場合は、そのメーカーは避けてました。「悪いんだけど、実際発注してるの私だから」と心の中であっかんべーしてましたね。けっ。

 そう考えると今は平和ですかね。今働いているところは、私が一番年長者ということもあり、男女差別感情はない…かな。上司だけ男性で、あとは女性だし。薬局薬剤師をやっていると、男女の違いはある、ということは痛感します。性別的にデリケートな問題がありそうな時は、こちらも性別に配慮して対応しています。気分的に同性の方が良い、というのは私にもあります。婦人科の薬は率先して女性である私が投薬しています。

 私自身、女性蔑視のある環境で生きてきたことで学んだことも多いです。下の世代では感覚が全く違うことも感じてきました。世代で感覚はかなり違います。それに差別は男女だけではありません。私が双極性障害とわかって、精神疾患の偏見というものも見聞きしますが、男女差別が普通だった私からすると、ふーん、という感じです。世の中の見方がどうであろうと、私は私で生きるだけです。精神疾患に差別感情のない人も居ます。腐ったら損です。

紅梅♪

 森会長の発言で色々なネット記事を読み、私も黙っててはいけないんだなと勇気をもらった気分です。特に、海外の反応が思った以上でした。「日本女性、黙らないで」という感じで応援してもらった気持ちになりました。ネットのおかげで海外の反応も見れるので、日本も国際化が進みやすいかもしれません。

 ここまでになると、森会長が気の毒になってしまいますが、立場上仕方ないのかな…。その立場に就いた以上、責任があります。晩節を汚す感じになってしまって気の毒です。しばらくは大変でしょうけど、オリンピックが終わったら、「そんなこともあったね〜」と、森会長(元会長になってると思いますが)含めみんなで笑い話にしたいですね。あまり叩き過ぎもよくないです。精神科に入院した経験のある私からしたら、森会長のメンタルが心配です。社会からの完全排除、のような形はよくないです。良いこともしてくれたんでしょうから。

最後は木。この木何の木?

 悪いことは悪いですが、批判し合うギスギスした社会になるのは嫌です。吊るし上げて、八つ当たりするのは見苦しいです。穏やかにお互いの立場お想い合って優しく助け合う、そんな社会で生きたいです。

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投稿者: ハナ

40代双極性障害当事者女性です。冬季うつ体質です。調剤薬局薬剤師として正社員で働いています。よろしくお願いします。

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