「障害」とは

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 今朝は起きたら8時半でした。仕事休みで目覚ましかけてなかったので、起きてビックリ。仕事のある日は6時半に起きています。やっぱり相当お疲れだったのね、私の脳ミソ、という感じです。

 私は暑さが苦手です。体温を下げようと脳が頑張っているけど、神経伝達うまくいかない、という感じでしょうか。とても疲れるんですが、熱中症アラートが出るくらいになると、自力で体温調節できなくなってしまいます。仕方ないので首冷マフラー。外に出ないことが一番だと思うんですが、生きていくために働かねばならぬ。。。今日は仕事休みなので、涼しくなるまで冷房の中に居ることにします。お昼の食材はありまっせ。

 現在パラリンピックをやっていることもあり「障害」って何なんだろうと、ふと思いました。この暑さですが、4人スタッフが居る中、半袖白衣は私だけ、くびれ今フラーして仕事しているのも私だけ。これは「障害」?熱中症っぽく感じるのでベタヒスチンメシル服用し、清暑益気湯も飲んでいます。

 障碍者手帳を給付する場合等の「障害」と、パラリンピックの「障害」と、現実社会での「障害」…。時と場合によって「障害」って変わってくるものですよね。例えば、聴覚障害者は現状では「障害」を持っている人ですが、聴覚障害者が多数集まって手話で会話しているところに、手話を全く知らない健聴者が1人だけ居たら、その健聴者はその場での「障害者」な気がします。手話がわからなくてコミュニケーションとれないんですから。

 自分で自分のことができない病人ばかりのところに、1人だけ色々できる健康な人が居て、その人が全員の面倒をみないとその場の秩序が乱れる環境だったら、それはそれでその場では健康な人も「障害者」になるのかな、なーんて思いました。自分しかできないけどキャパ超えている…それはそれで「障害」な気もします。

 考え始めると、収拾つかなくなりそうです。結局、その場で皆助け合って、皆そこそこ生きていければ良いってことでしょうか。

数日前撮影

 私はパラリンピックは観ていません。オリンピック・パラリンピック開催反対ということもありますが、あまり観る気が起きないんです。差別感情なのかわかりませんが、見た目でわかる障害を直視するのが、私の場合は難しいです。自分がそう(手がないとか足がないとか)なりたくないって思ってしまうからなのかもしれません。

 仕事(薬剤師です)で、見た目でわかる障害を抱えている人と関わることもあるんですが、皆さん障害がわからないようにしています。義足でも、服で隠していたりします。依頼されて、病院受付まで薬を持って行くと、義足を脱いではめ直している場面に遭遇することもあります。「だから薬局まで行くのが大変なんだ」と納得します。義足の場合は、義足であることを服で隠してくれていた方が、私には刺激が減ります。純粋にビックリしてしまいます。慣れの問題なんでしょう。

 聴覚障害等見た目でわからない障害の場合は、申告してもらった方が仕事がやりやすくなります。こちらも手話で対応頑張ります。見た目でわかる障害だけどその場でその障害が関係なければ、見た目でわからなくしてもらった方が、心が乱れません。

 しかし、この暑さ。これからも死ぬまでこの暑さが来ると思うと、生きる気力がなくなります。そこまでして生きてても楽しいことある?なーんて思ってしまいます。でも、自死が認められていない以上生きなければならないんでしょう。そのうち、ある程度の安楽死は認めてくれても良いんじゃないのと個人的には思っています。生きる権利もあるけど死ぬ権利もあるんじゃないでしょうか。

 なんだか脱線しました。とりあえず、今日の朝ブログでした(^-^)v

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投稿者: ハナ

40代双極性障害当事者女性です。冬季うつ体質です。調剤薬局薬剤師として正社員で働いています。よろしくお願いします。

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